いきる
日々の生活の中で話し相手少なくなった
2〜3人の方から「いつ死んでもいいと思っているのです」と最近言われた。言われた方から話を聞いてみると、いずれも、つれあいに先立たれ、子供は会社勤めの関係や結婚して他の場所で暮らしているケースで「日々の生活の中で話し相手がいない」などである。
そういうふうに言われてみると、正敬寺の周辺も一昔前とは様変わりしてきている。例えば、日曜日や祝日の日の朝、檀家参りをしていると通りがかりの人に出会うことが少ない。こんな農村だったところもそうなのかと思うことがしばしばある。
兼業農家が多かったこの地域は、この季節、日曜日や祝日になると稲刈りの時期でその風景をよく見かけた。稲刈りは家族総出で行い、それでも人数が足りない時は、ご近所の方などが手伝い自然と交流があった。
また、通りにはいくつかの八百屋があり、そこへ買い物客が集まり、買い物客同士が何やら世間話をし、笑い声が良く聞こえたものである。八百屋が日々の交流の場の一つになっていたように思う。
ところが、少しずつではあるが、田んぼが住宅や工場に変わり、そんな風景が徐々になくなってきた。そして通りのあった八百屋も一つなくなり、二つなくなり、いつのまにか通りには人通りが一昔に比べてうんと減り、日常生活の中での自然の交流が少なくなってきました。そんな中で昔の生活を懐かしがり、僧侶の私が檀家参りに来るのを待っている人が結構いる。
この辺りも変わった
檀家参りに行くと、この辺りも「変わった」という話がよく出でてくる。そして、ときどき日頃話し相手がいないさびしさからか、「いつ死んでもいい」というようなことを口走る人がいるのです。そんな話が出ると、私は、生きているから「こんな話も出来る」・「たまには好きなこともできる」・「好きなものを食べることが出来る」・「美しいものを美しいと思うことが出来る」などの事を言う。
明るい日ばかりではない
「生きる」という事は大変なことかもしれない。生きているうちに何らかの形で憂いや悲しみがついてくるように思う。明るい日ばかりではない。そんな中で私たちは日々の生活を送っているように思う。
お念仏のありがたさ
歎異抄(たんにしょう)という書物の中に、「仏かねてしろしめして」とあります。これは、私たちが願いをかけるよりも先に、仏さまのほうから悩みに苦しむこの煩悩の身を心配して間違いなく救うと言う願いが今ここに成就し届けられているという事なのです。蓮如上人は、「南無阿弥陀仏」は「往生の定まりたる証拠なり」とお示しくださったように、すでに私たちの救いが完成されており、それが今、「南無阿弥陀仏」の念仏となって私たちに届けられているのです。この念仏と共に生きていくことが大切ではないでしょうか。
