かぎ
ふと気がついた
先日、月忌参りに行くと、門の扉に鍵がかかっていたので、インターホーンで月忌参りに来たと言うとその家の奥さんが出てこられて「参っていただくのに鍵をかけていてすいません」と言われた。
そういわれてみると、ほんの数年間まで殆どの家ではかぎなどかけていなかった。しかし、今では鍵のかけていない家のほうが珍しい。
交流が盛んだった
正敬寺のある太田という村は、人口があまり多くなく、多くの家が農家で地域住民の交流が自然と盛んだった。農繁期などになると家族だけでは人手が足りなくてご近所の方や親類の方が互いに手伝って作業をしたものだった。しかし、最近ではその農家も殆どなくなり、多くの人が勤め人となって生計を立てている。そのためか昔ほど人々の交流がなくなり隣近所への出入りが減ってきた。
仏飯として供えた
農業が盛んだった頃は、ちょうど今頃の季節、自分の家の田んぼで出来たお米を正敬寺の本堂の「阿弥陀様に供えてください」といってお寺にお米を持ってこられ、そのお米で炊いたご飯を仏飯として阿弥陀様に供えたものだった。
時代を超えて
そのようなこともあってお寺に出入りする人も少しずつ減ってきている。同時に、法事など仏事に関する質問が増えてきた。以前なら隣近所の方や親類の人が教えたいたこともあってそのような質問がほとんどなかった。
最近は、葬儀の後や七日七日(なぬかなぬか)のお参りのとき聞かれる前に私の方で説明するようにしている。やはり時代を超えて守っていってほしいと言う願いからである。
