左肩に違和感があったが・・
「あたりまえ事ほど有難いことはない」と思い知らされた事があった。去年の春ごろ、左肩があがらず大変困った。急になったのではなく冬頃から左肩に違和感があったが「たいした事がない」と勝手に思いこみ医者にも行かずそのままにしておいた。
左前から扇風機をあてていただいた
8月に法事があったときのことである。仏間にはクーラーがなかったので、扇風機は何台か用意されていた。私には、ローソクの火が消えないようにと左前からあててくださった。
おかげで汗もかかず
おかげでさほど汗もかかず、経を称えることができました。法事が終わり、お寺まで帰ろうとして左手で荷物を持とうとした時、うまく荷物が持てず驚いた。
左腕に激痛が走る・・・
お寺までの帰り道、左腕を前後に振ろうとしたが、左腕に激痛が走り触れない。何がどうなっているのか自分ではわからない。
五十肩でしょう
その日の夜、あわてて病院にいくと、「たぶん五十肩でしょう」との事、明日検査するので必ず来るようにいわれた。
日にち薬ですから
次の日、再び前日行った病院に行き、検査を受けるとやはり「五十肩」だった。お医者さんが言われるのに「これは日にち薬なのであまり心配することはない。痛み止めの薬を出しておきますから」との事であった。まずは、一安心したが・・・
ちょっとした事でも
それからというものは腕の痛みとの戦いの毎日であった。例えば、自転車に乗っていて、人が急に飛び出してくれば急ブレーキをかけハンドルをどちらかに振る。そのようなことでも激痛が走り痛みに耐えられず自転車から降りて少し休むというような状態であった。
檀家の人に教えていただきました
檀家の人で同じような経験をした人にその事を話すと、その人が直した方法を教えていただいた。一つは、その方が通った整形医を紹介していただき通った。また、日常生活の中で、左腕を前後にゆっくり振るように言われそれも試みた。
6ヶ月ぐらいで
そういう事を続けている事で3ヶ月目ぐらいから徐々に痛みが消え、6ヶ月くらいで殆どよくなった。
ちょっとした事で
その事を通して思ったことだが、痛みを感じるという事は生きている証拠だからこれは仕方ないことだろうと・・・・。そして、日頃、あたりまえのように何気ない動作でも、ちょっとした事で、苦痛や不便さを感じることがある事を改めて思い知らされた。
くいのない人生に
年をとると共に病や死の苦しみから逃れることは出来ない。当たり前の事かもしれないが、命ある限り精一杯生きてくいのない人生にしたいものだと思った。
年の数だけ誰でもお正月を迎える・・・
正敬寺の檀家の方に新しい年を迎え、「おめでとうございます」と挨拶をすると「いやですね、また、一つ歳をとりましたから」と言う返事が返ってくることがあります。なるほど、年の数だけ誰でもお正月を迎えるのだからといつも思う。
一休さんの言葉より
このような事を一休さん(一休禅師)は、新年を迎えて「あけましておめでとうございます」と言っている時、「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」と言われたと言うエピソードを何かの本で読んだことがあります。
お正月を迎えるたびに年をとる
考えてみると、お正月を迎えるたびに私たちは年をとり、年々老いてゆく。年をとれば病気をし、やがて「死」を迎えなければならない。これは、一連の流れであり、宿命と言ってしまえばそうかもしれない。
子供の頃は、はやく大きくなりたいと思ったが・・・
でも、子どもの頃、早く大きくなりたいと思った人が多くいたのではないかと思う。でも、一般的に、私たちは、この世に生まれ、成長し、年をとり、病気になり、そして死んでゆく。お釈迦様は言われたそうである。この事を「生老病死(しょうろうびょうし)」と言っています。
四苦八苦の四苦とは
「四苦八苦」という言葉がありますが、「四苦」、すなわち四つの苦しみはこの事を言っているのです。
人はこの世に生まれてきた以上死ななければ成らない。だから、今ある「命」を大切にしなければならない。
人生苦はつきもの
結局のところ、私たちは、今、目の前にある一日を大切に生きることが大事だと思う。確かに人生には「苦」と言うものがつきだと思う。どういう形にせよ誰もが「苦」を感じる時がある。人生とはそんなものだと割り切って考えればその「苦」もいつかは乗り越えられるのではないかと思う。人生前向きに生きることが大切ではないでしょうか。
檀家の方々が梵鐘(ぼんしょう)をつきにこられます。
例年、年末になると除夜の鐘にまつわる情報が飛び交っています。正敬寺にも大きな梵鐘(ぼんしょう)が正門にあり、深夜の12時前から檀家の方々が自由につきにこられます。
みんなで経を称えます。
梵鐘をついた後は、本堂にお参りにこられ参りにこられた方々と一緒に経(正信掲・・・しょうしんげ)を称えます。正信掲は浄土真宗の聖典であり、檀家の方々と共に称える経をして親しまれています。
深夜のお参りが少なくなりました
しかし、近年、お参りに来られる方々の中には高齢の方も多くおられ、帰りが心配と言う声が結構ありました。そこで、今年から本堂にお参りいただき経を称える時間を1月1日の午前10時にし、深夜の0時には本堂の門を閉めることにしました。
朝の10時に変更しました
午前10時を迎える頃には、例年以上に多くの方々がお参りいただき有難く思っております。朝、お参りされた方々も各自、梵鐘をつかれていました。
浄土真宗の梵鐘の役割
浄土真宗では、除夜の鐘をつきません。梵鐘は「集会鐘(しゅうしょうえ)」ともいい、法要や儀式を行うとき、行事の開始に先立って合図として30分前または1時間前に撞(つ)くものとして使われています。
1年を振り返り、良い年をお迎えください
しかし、正敬寺では檀家の方々に昨年一年を振り返り、新しい年を迎えた喜びをあじわっていただく意味合いで梵鐘を自由についていただきことにしています。そして、梵鐘をならしながら昨年1年を振り返り、良い年を迎えていただければと思っております。
新年明けましておめでとうございます。
昨年は多くの方々が正敬寺のブログに遊びに来ていただき有難うございました。
本年も浄土真宗にまつわる内容のブログを発信していきたいと考えております。
昨年同様、本年も誰でも気軽に遊びに来ていただけるよう頑張っていきたいと考えております。
本年も宜しくお願いいたします。
合掌
ローソクの火が消えていたのですが
故人が亡くなって7日毎に中陰勤行を行うため、故人のお宅にお参りに行ったとき、娘さんから「昨日、亡くなったお父さんが夢に出てきて暗いといったのです。朝、起きてローソクを見ると消えていたのですが・・・・」と言われました。
気にすることがないと思いますが・・・
そこで私は「別に気にすることはないですよ・・・ローソクの火が消えていたらという思いが夢になったのではないですか」と応えました。娘さんは少し間をおいて、「そういわれてもはやり気になります・・・」と言われるので、私は思わず「気になるようでしたら先日も話したように電気のローソクに変える方法もありますし、この部屋に電気をつけておくという方法もあると思いますが・・・」と言いました。
ローソクの火をつけたままでは危ないですよ
娘さんは「それでもいいのですか」と言われるので、私は「ローソクに火をつけて部屋を離れると、ローソクが倒れたりして火事になることもありえますので・・・・」と話、浄土真宗におけるローソクの光について説明しました。
ローソクの光の意味
ローソクに火をつけるのには二つの意味があるといわれています。
一つは、私たちは心の中で何かに迷い悩んでいることが多い日々を送っています。そういう私たちの心の奥底にまで照らしてくださる阿弥陀如来さまの光であり、その光は智慧を象徴する光だといわれています。
そして、もう一つは「熱」を表し、その熱は、私たちの閉ざされた心を解きほぐし、そのぬくもりが絶えず私たちにはたらきかけてくださる慈悲の心だと言われています。
このようにローソクの光を味わっていきますと、これまで以上に輝いて見えるのではないでしょうか。
老僧に言われたこと
私が僧侶になり立てだった頃、老僧から「人は死にたくても、寿命があるうちは死ねない。寿命がなければいくら生きたくても逝かなければならない」と何度か言われたことが最近良く思い出す。
私も少しは歳をとってきたかもしれないが、葬儀などで亡くなった方の事を聞かされると、寿命があるのではないかと思うことがある。
例えば、自分の身の回りの人が、朝元気で挨拶を交わした人が、夕方に急に亡くなった方、また逆に、病院で入院されておられ、危篤状態になり、お医者さんから「長くないですよ」と言われた方が1年以上頑張られて生きられた例など数え上げたらきりがない。
元気で長生きできればいい
元気で長生きできればいいと多くの人が思うでしょう。それをうらづけるように、健康によいとされる食生活や運動などに人々が熱い視線を注ぎブームになっている。しかし、いくら健康に気をつけても病気になることがある。そして、この世に生まれたからには死を迎えなければならない。そういう現実を日々の生活の中で眼にするとどうしても「寿命」があるように思うようになった。
その時その時を大事に生きたい
寿命という事を考えると、今、生きているその時を大事にしたいと考えるようになった。10年先や20年先の命はもちろん、明日の命や一時間先の命さえ誰にもわからないからである。だから、その時その時を大事に生きたいと考えるようになった。
精一杯生きていこう
依然、何かの本で「人は必ず死ぬ。だから今を大切に生きなければならない」という文があった。なるほどと感心した事を今でも鮮明に覚えている。
それ以降、私は今ある「寿命」を精一杯生きていこうと思っている。それが大切だと考えている。
仏壇に供えてある宝くじ
毎年、この時期に月忌参りに行くと多くの家で仏壇に宝くじを供えてあります。経を称えた後私の後ろで参っておられる方に「仏壇に宝くじなど供えるものではありませんよ」というと「何処にしまっておけばいいのですか」と尋ねられます。
何処にしまえばいいですか
そこでいつも「たんすの片隅にでも閉まっておけばいいですよ。但し、しまったところを忘れないようにしてください」と応えます。そう応えると中には、「たんすの片隅に閉まっておけば当たりますかねぇ」と言われる方もおられます。
そうすると、私はいつものように「夢は年末まで見られるといいですね。それが当たればなおいいですね。夢を見るという事は生きている証拠だから・・来年も元気でいてくださいよ」と言う。毎年のように繰り返されるほほえましい会話の一コマである。
仏壇は仏さまを安置するところです
仏壇は仏様を安置するところです。浄土真宗でいう仏さまは、ご本尊である阿弥陀如来さまのことを言います。
私たちの悩みや苦しみを受け止め、心の安らぎを与えてくださる阿弥陀さまです。私たちの心のよりどころとなる精神的な支えとなってくださるのが阿弥陀さまを安置するのが仏壇なのです。
仏壇の供え物は阿弥陀様に供えるものです。
ですから、仏壇の供え物は阿弥陀さまに対して供えるものです。阿弥陀さまに供えるものは、平地で取れるもの、山の幸、海の幸など作法で決まっています。
供え物については、作法の「供え物について」をご参照してください。
お性根抜き
家を改築するので「お性根(しょうね)抜き」をお願いしますと言われることがたまにある。また、逆に仏壇を買ったから「お性根入れ」をしてほしいと頼まれることもある。実のところこういうふうに言われると戸惑うことがある。
仏壇の魂を出したり入れたり出来るのだろうか
「お性根抜き」とは、このあたりでは(正敬寺のある地域)では魂を仏壇から出すという意味で使われている。
僧侶も一人の人間である。ひとりの人間が仏壇に魂を出したり入れたりそんな事が出来るのだろうかと思うことがあります。
遷座法要(せんざほうよう)または遷仏法要(せんぶつほうよう)
浄土真宗では、仏壇を別の場所にお移しする場合は「遷座(せんざ)法要」と言ったり「遷仏(せんぶつ)法要」と言います。また、仏さまがお移りいただくのですから「移徒(わたまし)とも言われる場合もあります。
入仏法要(にゅうぶつほうよう)
逆に、仏壇を新しく買ったりしたときに行う法要は「入仏(にゅうぶつ)法要」、または、「入仏式」と言い、仏様をお迎えしたことを慶び、お徳たたえる法要です。
ふと気がついた
先日、月忌参りに行くと、門の扉に鍵がかかっていたので、インターホーンで月忌参りに来たと言うとその家の奥さんが出てこられて「参っていただくのに鍵をかけていてすいません」と言われた。
そういわれてみると、ほんの数年間まで殆どの家ではかぎなどかけていなかった。しかし、今では鍵のかけていない家のほうが珍しい。
交流が盛んだった
正敬寺のある太田という村は、人口があまり多くなく、多くの家が農家で地域住民の交流が自然と盛んだった。農繁期などになると家族だけでは人手が足りなくてご近所の方や親類の方が互いに手伝って作業をしたものだった。しかし、最近ではその農家も殆どなくなり、多くの人が勤め人となって生計を立てている。そのためか昔ほど人々の交流がなくなり隣近所への出入りが減ってきた。
仏飯として供えた
農業が盛んだった頃は、ちょうど今頃の季節、自分の家の田んぼで出来たお米を正敬寺の本堂の「阿弥陀様に供えてください」といってお寺にお米を持ってこられ、そのお米で炊いたご飯を仏飯として阿弥陀様に供えたものだった。
時代を超えて
そのようなこともあってお寺に出入りする人も少しずつ減ってきている。同時に、法事など仏事に関する質問が増えてきた。以前なら隣近所の方や親類の人が教えたいたこともあってそのような質問がほとんどなかった。
最近は、葬儀の後や七日七日(なぬかなぬか)のお参りのとき聞かれる前に私の方で説明するようにしている。やはり時代を超えて守っていってほしいと言う願いからである。
お父さんおはよう
「お父さんおはよう」、朝起きて仏壇の横においてある写真にそう言って、仏壇に手を合わせて「南無阿弥陀仏」と称える。こんな生活がもう5年も続いていると言う。
Aさんが今から60年前に結婚されたが、子どもに恵まれず夫婦二人の暮らしが55年続いたが、5年前ご主人をなくされて一人暮らしを余儀なくされています。
話し相手がいないのがさびしい
Aさんの場合、一人暮らしでつまらないと感じる時は話し相手がいないことらしい。55年の結婚生活ではよく夫婦喧嘩したが、夫婦でいろんな話しをしたと言う。今の楽しみは、私が月に1回のAさんのお宅に伺う月忌参りに伺うことらしい。月忌参り行き、経を称え終わるとすぐお茶を出してくださる。そこでいろいろな話をされる。
返事が返ってこない
ある時、Aさんが毎朝起きるとご主人の写真に向かって「お父さんおはようと声をかけられるけど、返事が返ってきたことがない」言われたことがあります。そこで私が「写真が返事すれば怖いんじゃないの」と言うと「そりゃそうだけど・・・やっぱりさびしいよ」とぽつりと言われたことがありました。
お父さんのおかげ
「お父さんが生きているときはよく喧嘩したよ。でもね、今、こうして生活できるのは、お父さんが頑張って仕事をしてくれたおかげだと感謝している。だからこうしてお父さんが亡くなっても年金がもらえてそれで何とか生活が出来る。やっぱりお父さんのおかげだと思っています」と言う。
お父さん行ってくるよ
Aさんは、出かける時も写真に向かって「お父さん言ってくるよ」といい、仏壇に向かって「おねがいしますよ」と言って手を合わせから出かけるらしい。
倶会一処(くえいっしょ)
「どうしてですか」と私が訪ねると、「私がこうして元気で何とか生きていけるのは阿弥陀さまのおかげだと思っています。それに、こうして手を合わせているといつも阿弥陀さんが側にいてくださるように思うのです・・・そして、私もいずれお向かいが来る。そう思うとお坊さんが以前言っていた『倶会一処(くえいっしょ)』という言葉を思い出す」と言われました。
その言葉をよく覚えてくださっている。Aさんは、自分もいずれはお迎えが来る。そうすれば、その倶会一処の言葉が示すとおり、阿弥陀様のお浄土に往生されていただき素晴らしい善き人々とともに一処(ひとところ)に会うことができる。そこでまたお父さんと会えると考えておられるようです。
墓碑の題字として用いる場合がある
浄土真宗では、この言葉が「尊敬する人や親しい人、そして愛しい(いとしい)人々と出会い、再び和歌得ることのない世界」と示すことから、仏縁を深めるため墓碑の題字として用いる場合があります。
線香を何本たけばいいのですか。
仏壇を参るとき、線香を何本たけばよいのですかという事を聞かれることがありますが、浄土真宗では「何本たく」という決まりはありません。ただ、私の場合、習慣として2本の線香を2つにおり、ねかせて土香炉(どごうろ)におきます。
土香炉にねかせて置くのが作法です
線香を香炉(こうろ)に立ててあるのを良く見かけますが、浄土真宗では線香は土香炉にねかせておきます。決して立てないのが作法です。
線香の煙は・・・
仏事などで線香をたくと、香りのないものや煙でのどが痛くなったりするものがありますが、本来、お香に使われている香木は漢方薬にも使われていたくらいですから、煙を吸ってもからだに良かったのです。
どうして線香をたくのですか
線香をたくのには、それなりの意味があります。阿弥陀経(あみだきょう)という経には、お浄土はなんとも言いがたい芳(こうば)しい香りが漂っていると説かれてあります。ですから出来るだけお浄土に近い状態にして仏事を行うという意味や、線香の香りで体臭を消し、心身を清めて仏事を行うという厳かな気持ちの表れという事になります。要するに香りが大切なのです。
日々の生活の中で話し相手少なくなった
2〜3人の方から「いつ死んでもいいと思っているのです」と最近言われた。言われた方から話を聞いてみると、いずれも、つれあいに先立たれ、子供は会社勤めの関係や結婚して他の場所で暮らしているケースで「日々の生活の中で話し相手がいない」などである。
そういうふうに言われてみると、正敬寺の周辺も一昔前とは様変わりしてきている。例えば、日曜日や祝日の日の朝、檀家参りをしていると通りがかりの人に出会うことが少ない。こんな農村だったところもそうなのかと思うことがしばしばある。
兼業農家が多かったこの地域は、この季節、日曜日や祝日になると稲刈りの時期でその風景をよく見かけた。稲刈りは家族総出で行い、それでも人数が足りない時は、ご近所の方などが手伝い自然と交流があった。
また、通りにはいくつかの八百屋があり、そこへ買い物客が集まり、買い物客同士が何やら世間話をし、笑い声が良く聞こえたものである。八百屋が日々の交流の場の一つになっていたように思う。
ところが、少しずつではあるが、田んぼが住宅や工場に変わり、そんな風景が徐々になくなってきた。そして通りのあった八百屋も一つなくなり、二つなくなり、いつのまにか通りには人通りが一昔に比べてうんと減り、日常生活の中での自然の交流が少なくなってきました。そんな中で昔の生活を懐かしがり、僧侶の私が檀家参りに来るのを待っている人が結構いる。
この辺りも変わった
檀家参りに行くと、この辺りも「変わった」という話がよく出でてくる。そして、ときどき日頃話し相手がいないさびしさからか、「いつ死んでもいい」というようなことを口走る人がいるのです。そんな話が出ると、私は、生きているから「こんな話も出来る」・「たまには好きなこともできる」・「好きなものを食べることが出来る」・「美しいものを美しいと思うことが出来る」などの事を言う。
明るい日ばかりではない
「生きる」という事は大変なことかもしれない。生きているうちに何らかの形で憂いや悲しみがついてくるように思う。明るい日ばかりではない。そんな中で私たちは日々の生活を送っているように思う。
お念仏のありがたさ
歎異抄(たんにしょう)という書物の中に、「仏かねてしろしめして」とあります。これは、私たちが願いをかけるよりも先に、仏さまのほうから悩みに苦しむこの煩悩の身を心配して間違いなく救うと言う願いが今ここに成就し届けられているという事なのです。蓮如上人は、「南無阿弥陀仏」は「往生の定まりたる証拠なり」とお示しくださったように、すでに私たちの救いが完成されており、それが今、「南無阿弥陀仏」の念仏となって私たちに届けられているのです。この念仏と共に生きていくことが大切ではないでしょうか。
今まで何人の方をおくったのだろうか。
今まで何人の方をおくったのだろうか。正敬寺に関わりが深かった方の葬儀のたびにそう思うようになってきた。そして、人は「寿命」には逆らえないと思うようになってきた。ここで言う「寿命」とは天から与えられた命、すなわち天寿の事である。昔から正敬寺の地域では、「寿命」という表現を使っているのであえてそう表現する事にする。
現代的な発想をすれば、親から受け継いだ遺伝子によるのもだというのだろうが。・・・私に寿命があるように思えて仕方がない。
今日という日を大切に・・・
近年、2日〜3日前に世間話をしていた人が急に亡くなられた方や医者から「長くはないですよ」と言われた方でも10年ほど頑張って生きられた方など、僧侶の私が驚かされる事例が多くある。だからと言って、「寿命」には逆らえないと決め付ける気持ちはないが・・・・・・・。人は必ず死ぬ。だから限られた命を精一杯生きたい。私はそう思う。「寿命」を知ることは誰にも出来ない。だから二度とこない今日という日を大事に生きることが大切だと思う。
わかれ
正敬寺には、女性の方が作った会が古くからある。その会の会員の方が亡くなられ、満中陰(まんちゅういん)が終わり初めての例会の時「わかれ」といって親族の方を招き、故人を偲びながら、住職の私を中心に会員の方々と一緒に経を称える。その後、住職の法話を行い終わるのだが、どうしても元気な時の姿が眼に浮かぶ。それが、急に亡くなられた方であればなおさらである。
人の死を無駄にしてはいけない
私は、老僧から「亡くなられた方の死を無駄にしてはいけない」と教えられた。身近な方が亡くなられたからこそ「手を合わせ」、故人を偲ぶ。そして、故人を偲ぶ中でいろいろと学ぶことがあるだろう。その学んだことをこれからの人生の中で吸収しようとする事柄、気をつけなければならない事柄などいろいろあるだろう。そういう事を大事にしてこれからのいき方の「みちしるべ」の一つにして生きていくことも大切ではないかと思う。
お墓を建てたときに行う法要は・・・
お墓を建てたときに行う法要の事を「建碑式(けんぴしき)」とか「建碑法要(けんぴほうよう)」とか「建碑慶讃法要(けんぴけいさんほうよう)」と言います。
一般的に言われる「お性根いれ」とか「お魂入れ」という言葉は浄土真宗では使いません。
お墓の正面に刻む文字は・・・
石碑の正面に刻まれる文字は、浄土真宗では「南無阿弥陀仏」とか「倶会一処(くえいっしょ)」とするのが通例です。「南無阿弥陀仏」と刻むのは、お墓に遺体や遺骨、その他髪や爪などを納めたりするため、ご先祖を偲ぶ場所であると同時にお名号(南無阿弥陀仏)によって示されているように、ご法義相続の場であるととらえているからです。また、「倶会一処」という文字を刻むのは、素晴らしいよき人々と共に一処(ひとところ)に会うことが出来るという意味合いからです。また、家名は、台石や花立てなどに刻むといいでしょう。
お供え物は・・・
法要を勤めるにあたっては、ローソク、線香、お花、菓子や果物などの供え物や焼香の準備をしなければなりません。
ローソクの色は赤いローソクを使うのが通例です。また、お花は色花使い、とげのある花などは避けるようにしています。
食べ物のお供えは、お赤飯、お餅、菓子、季節の果物、干しわかめなどを供えます。
焼香は・・・
浄土真宗では1回焼香です。1回焼香は、香を1回つまんで焼炉(こうろ)にいれ両手に数珠をかけ、合掌礼拝(がっしょう らいはい)をします。
今年の夏、世間の目が甲子園にそそがれた。その主役の一人がハンカチ王子こと、早稲田実業の斉藤佑樹投手だ。いくたびかの逆転劇、決勝戦での引き分け、そして再試合など一人で投げぬいた姿に人々は感動したのだろう。そして、ハンカチで汗をぬぐう姿がすがすがしさをよんだのではないかと思う。
テレビでその姿を見ていると、ピンチの時でも冷静に対応してのりきっているようにみえ、その姿が強く印象に残った。
新聞記事やテレビの解説によると、もともと感情を表に出すタイプだったようである。
しかし、一昨年の予選敗退の時、「おまえがそこで感情をだしたところで何になる」という指導を監督から受け、それ以降、斉藤投手はその指導を守り、マウンドでは自分の感情に封印したらしい。
私たちの日常生活をしていく中でも同様のことが言えるのではないかと思える。例えば、自分に対して誰かが苦言を呈したとする。多くの場合、そのことに対して憤りを感じることが多い。
また、時には、怒鳴り返すこともあるだろう。しかし、よくよく考えてみると、腹を立てて憤りを表に現すか、腹を立てず、さらりと聞き流すかはこちらしだいである。むろん、腹を立てないで冷静に対応するのが言いに決まっている。しかし、現実にはそうはいかないことが多い。
私たち浄土真宗の僧侶の立場で考えてみると、たえず、阿弥陀さまのお慈悲の中で日々をおくらせていただいている。その中で、少し腹がたったからと言って、感情を表に出したときなど、「あぁ、またか」とか「はずかしい」と自分を振り返る機会が与えられたと考え反省する。
斉藤投手のマウンドの姿のように格好よくはいかないが、その姿から私たちが学ぶべきものがあるのではないかと思う。
生きている張り合いがなくなったのですが・・・
先日、檀家参りが終わって帰ろうとしたとき、その家の奥さんが「お坊さん、私いつ死んでもいいと思うことがあるですが・・・」と言われた。「どうしてそんな事思うのですか」と聞くと、
「私たち夫婦には子供がいないし、それに主人に先立たれて生きる張り合いがなくなって・・・時々そう思うのです」と言われた。
よく喧嘩していたのに・・
このご夫婦、ご主人が生きておられるときは檀家参りに行くと、奥さんからご主人の愚痴をよく聞かされたものである。
でも、ご主人が亡くなられて、一人になるとご主人との間にあったいやな事は殆ど想いださないという。逆に良かった時のことばかり想いだして仕方ないと言う。
だから夫婦なのです
そう聞かされて、思わず私は「それが夫婦だとおもうのですが・・・」と応えた。考えてみればどこの夫婦でも愚痴の一つや二つは出るものだと思う。
他人から見れば何でもないことでも、夫婦となれば愚痴るという事は心のどこかで自分だけを見つめてほしいという思いがあるのかもしれない。
心の中でいき続けるのです。
「ご主人が亡くなられて仏壇に手を合わすことが増えたのではないですか」と尋ねると「そうですね・・・」と言われた。
今まで仏壇の存在がそれほど気にかからない方でも、家族の誰かが亡くなると仏壇に手を合わせることが増える人が多い。
このご家庭の場合もご主人の死を通して奥さんが仏壇に手を合わす事が増えたというなら、それは、かけがいのない夫を亡くしたからでしょう。だからこそ夫婦だと思うのです。そして、奥さんが生きている限り心の中でご主人が生きつづけるのだと思うのです。
お彼岸はいつ
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、春と秋に彼岸があります。この時期になると「よく彼岸はいつですか」と聞かれることがあります。
彼岸は、春分の日と秋分の日中心に前後3日間を合わせた7日間のことです。ですから、秋の彼岸は、秋分の日が9月23日ですから、その前後3日間となりますと、9月20日から9月26日までという事になります。そして、9月20日が彼岸の入り、9月26日が明けと言われています。そして、ちょうど真ん中にあたる日の9月23日が彼岸の中日と言います。
彼岸ってどんな意味
彼の岸(か の きし)と書いて彼岸(ひがん)と言いますが、これは、あちら側の岸と言う意味合いになるでしょう。
では、あちら側の岸があるならこちら側の岸はないのかと言えば、こちら側の岸のことを「此岸(しがん)」と言います。では、あちら側である彼岸とは、どのようなところかと言えば、煩悩がなくなり悟りを開いた世界のことです。そして、こちらの世界である此岸は、煩悩や迷いに悩まされているこの世の世界のことです。
どうして春分の日と秋分の日が彼岸なの
春分の日と秋分の日は、昼と夜の長さが同じです。ですから日が東から昇る位置と西に沈む位置がちょうど、真東から日が昇り、真西に日が沈みます。この頃、西の彼方に十方億土にあるとされている極楽浄土を思い浮かべる行(ぎょう)が行われたといわれています。これが彼岸の初めだとされています。
お墓参りも大切だと思うのですが・・・・
彼岸は、中日をはさんだ7日間昔から培われてきた仏教習慣と言っても過言ではないでしょう。しかし、現代では彼岸と言えば墓参りと思っている人が結構いるものです。墓参りをすることも大切でしょうが、せめて、季節の良いこの時期にお寺の法要などにお参りすることが大切ではないでしょうか。
最近、法事について聞かれることが多くなりました。
最近、檀家参りに行くと「○○に法事を行いますよね。どのようにすればいいのですか・・・、お供え物は・・・、仏壇のまつり方は・・・」など法事について聞かれることが多くなってきました。
法事にかかる時間は
法事と言ってもいろいろあります。亡くなられて百日目に行う、百ヵ日法要の場合は、始まってから終わるまで30分程度、満中陰法要・1周期法要・3回忌法要・7回忌法要・13回忌法要・25回忌法要・33回忌法要・50回忌法要は1時間半程度かかります。
仏壇のまつり方
まず、打敷(うちしき)を必ず敷いてくださいと言います。打敷の色は、正式には、葬儀から3回忌ぐらいまでは銀襴、または白い打敷を用い、7回忌以降は、赤などの華麗なものを用いても良いと言う事を伝えます。仏壇に供える花についても、3回忌までは赤などの華麗な色は避けます。7回忌以降は、花も、打敷と同様、花も赤をまじえるようにすればいいでしょう。ローソクも同様、朱色を用います。
また、ローソク立てや花立ての配置については、普段は、仏壇に向かって右からローソク・土香炉(どごうろ)花立てですが、法事の時は、仏壇に向かって右から花立て、ローソク、土香炉、ローソク、花立てにして行うのが正式だと言います。つまり、外側二つが花立て、内側二つがローソクたて、中央に土香炉になります。図にすると次のようになります。
花 ローソク 土香炉 ローソク 花
お供え物は・・・
お供え物は、まず、お仏飯、お餅、菓子、季節の果物などを供えます。ただし、生ものは供えなません。
焼香について
浄土真宗では1回焼香です。1回焼香は、香を1回つまんで焼炉(こうろ)にいれ、合掌礼拝(がっしょう らいはい)をします。
法要中は正座をしなければなりませんか。
最近の生活様式を考えれば、長時間の正座はかなり無理があると思われます。足の痛みが気になってお経や法話どころではないというのでは、何のための法事かわかりません。足を崩して楽な姿勢でもかまいません。
以上のようなことに気をつけ、事前に注意する点をお寺さんに聞かれるといいでしょう。
(作法の中の平常時の仏壇のまつり方、供え物について、焼香の仕方についてなど、また、雑学の法事についてなどをご参照してください)
足を楽にして座ってください
檀家参りや法事のときに、私が経を称える前にお参りされている方に「足を崩して楽な姿勢でお参りください」と言う。なぜそのような事を言うかと言えば、経を称え終わって、お参りの方と向き合うように座りなおして法話をしょうとすると、必ずと言っていいほど、足の痛みをこらえて正座されているとわかる方がおられるからです。
正座は、経を称える時の一つの作法です。
これは、僧侶と向き合う時に正座しなければならないと言う固定概念があるからだと思われます。正座とは、「正しい姿勢で座る」と意味合いがあり、浄土真宗では、経を称える時の一つの作法です。経を称えず聴聞される方は、別に正座する必要がありません。椅子に座って聴聞される方も多くおられます。事実、西本願寺にお参りの方の中で正座が無理と自分で判断された方が、椅子に座ってお参りされる方がおられます。
せっかくの法事が・・・
法事などでお坊さんが来て、経を称えている間でも、足が痛くて我慢できないのに経が終わった後の法話までは無理な場合があるからですこのような場合、せっかくの法事が、足が痛くて大変だという印象しか残らず何のための法事かわからなくなってします場合があるからです。
平常の経を称える時の姿勢
浄土真宗では平常の経を称える姿勢は、正座・起立・椅子に座って腰をかけた姿勢と決まっています。従って、僧侶と一緒に経を称えられる方は、正座または、正座用の椅子、あるいは普通の椅子に座って経を称えられます。聴聞される方は足を楽にして聴聞されます。
平常の姿勢のほか、経を称える時の姿勢
浄土真宗では、平常の姿勢のほかにお勤めをするときの姿勢は蹲踞(そんこ)、こき、楽座(らくざ)、半跏(はんか)があります。
悲惨な事件が多すぎること
ここ数年私たちの常識では考えられないような悲惨で残酷な事件が多すぎるように思う。例えば、秋田児童殺人事件、大学生による生き埋め殺人事件、奈良家族3人放火殺人事件など、ここ最近でも数え上げていけば多くあることに改めて驚かされ、無法の時代にでもなったかのように錯覚してしまうことさえあるのです。今から2500年前にお釈迦様によって説かれたすばらしい「教えの光」がしだいにかすんでいくように思えるときさえあるのです。
今、まさに「末法の時代」
このような事件が起こるとよく「世も末」だとよく言われます。このような言葉を聞きと、私は「末法思想」を連想します。末法思想とは、中国から伝えられた考え方で、釈迦の入滅後(死後)の仏教の世界のあり方を説いたものです。まず、「正法の時代」から「像法の時代」そして、「末法の時代」へとうつっていくというのです。「正法の時代」は釈迦入滅後千年(五百年と言う説もある)、「像法の時代」はそれからまた千年、そしてそれから一万年は「末法の時代」だと言うのである。その考え方をあてはめてみると今、まさに「末法の時代」だと言えるだろう。いままでなかったような悲惨で惨忍な事件が頻繁に起こると、このような事件にはやく終止符をうってほしいと願い、同時に不安にかられた心の中を照らす灯火を求める人も少なくないでしょう。
いまの時代こそ南無阿弥陀仏
「歎異抄」の中に、「仏かねてしろしめして」とあるように、私たちが願いをかけるよりも先に、仏さまの方から悩み苦しむこの煩悩の身を心配し、間違いなく救うという願いが今ここに成就し届けられているのです。私たちから仏さまにお救いをお願いするのではなかったのです。
蓮如上人(れんにょしょうにん)は、「南無阿弥陀仏」は「往生のさだまりたる証拠なり」とお示しくださいました。
すでに私たちの救いが完成されており、それが今、「南無阿弥陀仏」の念仏となって私たちに届けられています。この念仏と共に生きていくことが大切ではないでしょうか。
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